[Diary/2009/September]

継がなきゃいけない責任と喜びみたいな / 2009-09-29 (火)

今日

まだJava3Dから抜け出せない.実験用のプログラム書くのにこんなに時間食うとは.

無駄な知識などない:図書館の利用履歴
てことはだ,図書館情報学で個人の履歴を使って云々という研究は成り立たないことになるのか.
これは日本だけなのだろうか?

継がなきゃいけない責任と喜びみたいな

俺と結婚しちゃおうよw:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd
これを読んで,色々なことを考えた.
全然相手にされていないのに向かっていったこの男がちょっと可哀想かな,という苦笑とかもあるけど,
一番大きいのは,継がなきゃいけない責任とそれに伴う喜びみたいなもの.

この女の人も家業を大事に思っていて,自分が男でないことを恨めしく思ったりもしたんだろうなぁ……でも,たかしという存在があるから割と昇華できている,みたいな感じだろうか.

安藤は,普通に比べればそういうことを聞く環境にいながら,一切そういう責任を持っていない,という人間である.
学部修士博士と全て別の所で学び,就職ですら一面識もないコネ一切関係ない所に飛び込んで(この業界で就職する時に学会等で一面識すらないというのは珍しい),おまけに今現在のボスとの間に師弟関係が存在しない,という状況なので,継ぐものが一切ないのは当然と言える.

家業もなく,父親は次男だし,母親も2番目でどちらも生家を遠くを離れているから,地元に墓はなく,
声楽科を離れたことにより地元に帰って合唱の世界にコミットする必要もなくなり,
学部の研究室は,兄弟子が既に継いでいる.(そもそも破門食らってるし)
修士課程ではコース内唯一の音楽専攻で一番弟子なわけだけれど,そもそも安藤がスウェーデン人じゃなかったから,そういうものはなかった.
博士課程では,大講座制と小講座制が混在する環境だったけど,工学部の他から来た先生の研究室で,大講座制環境で運営されていたので,そういうこととは無縁の研究室.

もし自分の家が神社や寺だったりしたら,自分は素直に地元で教員になって合唱の指揮を振っていただろうか……人生に満足しただろうか……とまぁ,色々考えたりする.
当然専業神職仏職はありえないので,音楽を専攻することは変わらなかったのかなぁ.
まぁ今の時代,そっち系の大学に行かなくても1年ぐらいの別科を受けたりすればだいたい資格は取れるものなので,それは問題ないんだろうけど.

高校の同期で寺の息子がいるのだけれど,筑波大で専任講師やってるはずである.どうするんだろう.
一応専攻が農学部に入れるものなので,絶対に帰れないというわけではなさそうだ.
兄弟がいれば大丈夫なのだろうか.

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