[Private/D Work]

萌えの自給自足化と進化 / 2008-07-31 (木)

結構まじめな話だと自分では思っている. まぁ打ち上げで酒飲みながらボスと議論したことがベースなんだが.

以下は随時修正していく予定.ホント文章書くの下手だな.

概要

悟りムーブメントに始まるオタク文化中における女装や初音ミクの人気は「萌えの自給自足化」を目的とした突然変異ではないだろうか.またこれから先,そのような萌えの自給自足が文化の中における萌えを指向するニッチを占めるように進化するのではないか.ニコニコ動画における初音ミクの流行と女装して〜してみたの流行に音楽の立場から触れたので,自分の専門とする進化論を用いて論じる.

はじめに

現在Vocaloid関係を仕事としてやっていることもあり,去年の9月から国際会議や音情研の夜のセッションなどで議論してきたことを色々と考えている.一番の疑問は,なぜ初音ミクは売れたのかということである.我々音楽技術の研究を専門とする人間は,それなりの品質の歌声シンセサイザの登場が今までアマチュアレベルで歌い手を雇えなかった人達の需要を満たしたからと分析する.しかし我々も爆発的に売れた原因はそれだけではないことは理解している.剣持さんや佐々木さんもキャラクター付けが曖昧であった事などを売れた理由に挙げている.つまり初音ミクという本当に歌えるキャラクターの存在が重要であったということだ.

KAITOは発売当初売れなかった.しかしMEIKOや初音ミクは最初から売れた.KAITOは萌えキャラとしての個性が確立されてから売れるようになった.やはりどう考えても「萌え」が絡んでいるとしか考えられない.

同人音楽研究会なるものに参加するにあたって色々調べてみた時,この分野の聴取客と制作者には女性ボーカルが絶対に必要とされていることがわかった.女性ボーカルそのものや果ては女性ボーカリストが制作者と聴取客の萌えの対象となっていたのである.制作者は自分の作った曲を歌ってくれることに対して萌え,聴取客は自分たちの好きな分野で可愛らしく歌ってくれることに対して萌える. 同様に初音ミクは女性ボーカリストと同様に既にキャラタク付けされており,制作者の曲を可愛らしくうたってくれる.

つまり初音ミクの登場により女性ボーカリストに頼らなくても曲が生産と消費ができる自給自足体制が登場した.しかも初音ミクのコストは女性ボーカリストに比べ遥かに安い.制作者は数少ない女性ボーカリストを奪い合い高い費用を払って雇わなくても制作が可能になった.制作が低コストになった結果,聴取客にとっては消費物の増産が見込めるのでこちらも嬉しい.自給自足の状態で制作者も聴取客のどちらかが我慢しているわけではなく,双方ともにこれまで以上に嬉しいことになった.この「自給自足を可能にした」という理由により,初音ミクは人気が出て販売数が増えたのではないかと考える.

これまでの「自給自足化」の流れの例

  1. 2004年.悟りムーブメント.女性用衣装(主にコスプレ)を着て首から下の写真をとり,インターネット上に公開する.
  2. 2005年? 漫画調着ぐるみの登場.漫画調のマスクと肌色全身タイツを上記の悟りの写真に追加することにより,全身を写真に写す事が可能になった.
  3. 2006年? 「こんな可愛い子が女の子のはずがない」という台詞の登場.
  4. 2007年 初音ミクの登場.今までは出せなかった女性の歌声の供給.
  5. 2007年 ニコニコ動画,「女装して〜してみた」の流行.
  6. この間取り上げた女声を出す方法などが人気を集める.

自分が把握している限りこのような自給自足の重要な例がある.前述した初音ミクでもそうなのだが,このようなオタクのコミュニティにおいて萌えの対象となっているのは「女性性を持つ偶像」である.本来なら女性性を持つ偶像は女性しか提供することが出来ない.しかしその供給量はオタクコミュニティにおいてはごく少ないものであったと推測される.しかし自給自足できるならば外部からの供給量が少なくてもコミュニティ構成員の満足度を上げることが出来る.

悟りムーブメントでは,従来は女性のみが少数供給していた可愛らしく(見える)コスプレの写真を大量に供給した.着ぐるみにより全身を映す事によるポーズの自由度が示された.「こんな可愛い子が女の子のはずがない」という台詞は,偶像の中身が同じコミュニティの男性であることの心理的負担を軽減するのに役に立った.初音ミクにより供給を待つだけだった女性ボーカル曲を大量に生産し供給することが可能になった.「女装して〜してみた」は動きの可愛らしさを提供することができるようになった.特に演奏してみたでは,自分と楽器演奏や楽曲の「趣味を共有できる女性(偶像)」が提供されることになった(これはものすごくでかいのではないか).

これから先の事を進化論的に考えてみる

このような萌えの自給自足可能の文化はこれから先も残っていくのだろうか.もしくはより強く広まる可能性があるのだろうか.

過去にもカストラートや歌舞伎の女形など,何らかの問題により女性性の偶像を男性が演じることは行われてきた.そのような歴史から,女装による萌えの供給という文化自体はミームに既に刻まれていると考えることができる.もしかすると,前述してきた自給自足の登場は環境の淘汰圧により既にイントロンなどに持っていたミームが表面化したものではないだろうか.ミームの概念を用いて考えていくと進化論的にこれから先のことを想像することができるかもしれない.

ここでコミュニティを一つの種として捉える.自給自足が出来るコミュニティ種は環境の変化に強く環境による淘汰圧がかかった結果生き残りやすい.

例えばエネルギーと食料を自給自足できる国があったとする.この自給自足が可能な国は石油や食糧の高騰という環境変化に対して強い.実際に石油や食糧の高騰という環境の変化が起きた時,自給不可能な近隣諸国は弱体化する.この時自給可能な国は近隣諸国を淘汰し,地域に対して支配的なポジションの政策というニッチを手に入れる.さらに環境の変化が終った後も自給自足な国の政策が全体を支配しているため,地域全体が国ごとに自給自足を是とするようになる.これはその地域全体が進化し,供給が不足する事があるという環境の変化に対して強い集団となったということである.

それと同様にオタクコミュニティも考えてみよう.萌えの自給自足が可能なコミュニティと,女性性の偶像の供給をコミュニティ外つまりコミュニティ外の(本当の)女性に依存するコミュニティが,萌えオタク文化の主流ポジションというニッチを争っていたとする.女性のオタク文化への嫌悪などの要因により,オタク文化への女性性の供給が減ったという環境の変化が起きた.当然自給自足のコミュニティの勢力が強くなり,自給不可能なコミュニティは衰退する.その結果オタク文化の主流というニッチは自給可能なコミュニティの文化が占める.たとえ供給が元通りになったとしても自給可能なコミュニティが持っていたミームがオタク文化全体に既に広まっているため,自給不可能を是とした文化はほぼ存在しなくなる.このようにオタク文化全体が進化するのではないか.

現在がどの段階にあるのかはわからないが,淘汰圧は弱いながらもかかっているはずである.むしろ淘汰圧がかかっているからこそ自給自足が有利になり初音ミク人気があったと考えられる.というわけで,しばらく後には示した最後の段階まで進化が進んでしまうのではないか.

もちろん,女性性の偶像を対象として必要とするコミュニティはオタク文化のごく一部に過ぎないし,オタク文化そのものが人間の文化の一部に過ぎないために,このような進化の影響は微々たるものに過ぎないので,社会的にははっきり言って全然大した問題ではないのだけれど.

おわりに

実は「萌えの自給自足化」という言葉は,悟りムーブメントの時に既に思いついていたものであった.その当時は一過性のものであると思っていたのだけれど,次々にそれを裏付けるようなムーブメントが登場したためにこれは本当のことかもと思い始めたのだ.

初音ミクがなぜ売れたのかという問題は,我々音楽技術に関わっている人間がこれから先も考え続けていかなければならない問題である.Consumer Generated Mediaも,コミュニティ外からの供給を必要としない自給自足化の流れの一つなのではないだろうか.

今回述べた自給自足化に向かう進化は,販売戦略を立てるのに必要な考えの一つとしてこれから先重要になってくると自分は考えている.最近のCGMの隆盛を見ていると既存の販売側の供給物がいつまでも受け入れられ続けることはなくなると自分は考えてしまう.しかしそれでもモノを販売する事による利益を出す事は可能なのである.初音ミクは自給自足の材料を提供することで大きな利益を上げた.初心者向け女装指南書が大きな売り上げを出したこともある.つまりモノの供給そのものが利益を出せなくなっても,自給自足に必要な材料を上手く作り販売する事で大きな利益を出せるのだ.

自給自足化を用いた販売戦略では,一つ注意すべき事がある.自給自足が受け入れられるのはオタクコミュニティに限らないと思われるが,少なくとも対象としているコミュニティの構成員がモノを制作する能力や意欲を持っていなければ自給自足は成り立たないということである.例えば農作業をやる土地が無い都会住まいの人達に肥料は売れない.CGMやオタクコミュニティの場合は,たまたま意欲が有り余っている構成員が最初から多くいたからこれだけの自給自足化が進んだ.全てのコミュニティがそうでないことを念頭に置いておかなければならない.

本文中で用いられる「進化」という単語は「進歩」とは異なる意味である.環境から淘汰圧がかかった結果世代交代の際に生じる集団構成の変化が進化である.環境への過適応などが起きる事が殆どであり,進化は進歩だけではない.また同様に本文中で用いられる「ニッチ」という単語は生物学で言うニッチのことである.